ふんばれ日本!(5)

「J-one」姉妹誌「ナマステ・ボリウッド」コラム(2011.5.7)より転載。

4月中旬にナマステ・ボリウッド単独で支援物資を運んだのに続き、月末にかけてNGOの手伝いとして再び宮城・岩手・福島を9日間で2500kmほどまわって来た。東日本大震災の発生から1ヶ月半が経とうとする中で、少しづつ見えて来た復興への兆しをレポートします。
ナマステ・ボリウッド主宰 すぎたカズト

復興への道のり
2週間、間を置いて再び東北へ向かうこととなった。まず驚かされたのは、東北道の復旧具合であった。前回、4月7日深夜の強い余震(M7.4)を受けて破損した路面を道路公団がわずか二晩で仮復旧した時は、ところどころ道路に段差があり車体がバウンドしたものだったが、それをまったく感じさせないほどフラットに修復されていたのだ。
ただ、今回はじめに訪れた宮城県石巻市の沿岸部は地盤沈下がひどい。大潮の影響を受けて水没した道路(*a)は、ネパールのタライ平原をランドローヴァーで走ったジャングル・ツアーを思い出させた。

路肩が崩れたままの道路。反対車線に応急処置として畳が敷かれている。

牡鹿半島を周回する県道は路肩が崩れアスファルトが割れたままで、補修の材料が手に入らなかったのか、畳を敷いて応急処置をしていた。救援活動で行き来する自衛隊車両やダンプなどが通行することもあり日に日に路面状況が悪化しており、降雨による地盤の緩みも心配される。ここでまた落盤など起きると集落が孤立してしまうため、早めの補修が望まれる。さらには続く余震、風向きによっては福島第一原発からの放射性物質など警戒すべき要素は多く、ボランティア活動をするには難易度が高いエリアとも言える。
ただ、石巻市内も大型量販店には商品が並び始め買い物客で賑わっていた。総菜コーナーや寿司弁当なども充実しているが、それだけに被災地とのギャップが大きく感じられる。
岩手県の県庁所在地・盛岡ともなると、沿岸部を擁する仙台と異なり内陸に位置することもあって早くも復興の兆しが感じられ(もともと長い不況にあったが)、飲食店なども活氣に満ちていた。沿岸の被災地への足がかりとして救援の職人やメディアなどの宿泊客が目立つ。
被災地付近での宿泊が懸念されたこともあり内陸の主要都市から連日数百キロ走って支援活動に従事することになるが、岩手県の内陸部は地震による直接的な倒壊が少なく、被災地の直前まで田園風景が続くため心が和み、慣れない作業で氣疲れしたボランティア支援者を安堵させてくれることだろう。

年末の大雪で潰れた納屋。M9.0と言われる揺れに耐えて残っているのは、木造家屋を破壊するキラーパルスが発生しなかったためだろう。

この内陸部で目に付くのが、折れた軒先や崩れかかった納屋などだ。これは今回の地震によるものでなく、昨年末から年明けにかけて襲った大雪によるもの。ひと晩に1メートル以上積雪し、道路の除雪も追いつかず、電氣・固定電話・携帯電話・水道(*b)などのライフラインが断たれ、数日間孤立した集落も多かったと聞く。私自身、東北在住時にひと晩で70〜80cmの降雪を何度か体験したことがあるが、見る見るうちに雪が積もって行く様はなんとも不氣味であった。それが1メートル以上ともなると、屋根の雪下ろしをし終わって振り返るとさっき雪下ろししたところにもう雪が積もっていてうんざりするほどだったそうだ。
こうした冬がようやく終わりかけた3月に起こったのが、今回の東日本大震災であったのである。

支援金バブルの行方
今回の震災は、日中に起こったこと、ビデオカメラだけでなく携帯電話のムービー機能が普及していたこと、動画投稿サイトの浸透などもあって、津波の衝撃が細部まで、ほぼリアルタイムで全世界に発信されたこともあって義援金が約2000億円集まり、震災直後は義援金募金の入金が殺到したみずほ銀行がシステム障害(*c)を起こすほどであった。

大槌町に位置する吉里吉里駅入口の標識。こちら側を見る限り津波の被害は見えないが…。

これらの義援金/支援金フィーバーは、震災を支援するNGOやNPOにとって「バブル」ともなっている。多大な被害から支援活動に力が入るのも頷けるが、使える予算が青天井と小躍りしている嫌いもある。炊きだしなどパフォーマンス性の高い支援では500食、1000食を用意した団体が避難所でかち合い、被災者が困惑する様を目撃したほどだ。これは被災情報が日々刻々と変わっているため実情に追いつかず、避難所が縮小化しているにも関わらず大盤振る舞いで支援を組んでしまっているためだ。

上の写真を撮って振り返った海側の風景。津波の被害は決定的な差をもたらす。

すでに行政サイドから各避難所には、お握りや弁当などが届けられるルーティンとなっている。それを知らずに支援計画を展開しているものだから、アテにしていた避難所がダブル・ブッキングとなり、慌てて「炊き出しを受け入れてくれる」避難所探しとなる。これではまるで「新聞勧誘か何かの飛び込み営業」のようであり、避難所に派遣された役場の職員や被災者が「施され疲れ」してしまっている面も見られた。
また、テレビ出演するタレントやコメンテーターが「○○の被災地に行って来ました」としゃべっている場面をしばしば見るが、これも自己完結で行っている例は少ないはず。現場サイドからは「少ないスタッフで運営する中で、特別にホテルを取ったり、別行動のクルマを用意するなどアテンドせねばならず、はっきり言って迷惑」などという声も聞く。
ボランティア意識が高まっているのはとてもよいことだと思うが、どこかバランスを欠いているように見えるのは、彼らを運ぶチャーターバスが豪華な観光サロンバスだったりするせいもある。貧困に喘ぐ第三世界とは異なり、首都圏と地方の格差等あれ、生活水準の高い日本での災害だからであろう。

屋根に乗った漁船。津波に何度襲われようとも海に出たいと思う複雑な思いを見るようだ。

被災者は津波によって家屋が流されたばかりに避難所暮らしに甘んじてはいるが、それまではしっかり稼いでいてレクサス・オーナーだったりもするのだ。三陸地方は、明治二十九(1896)年、昭和八(1933)年、昭和35(1960)年のチリ地震とこの100年余りで4度も津波に呑まれている。それでも彼らが海岸沿いに住み続けたのは、やはり漁にかけ自活するプライドがあったからだろう。
だから、単純に「困っている人に施しを」という考えでは至らないように思う。被災者はそれぞれ立場が異なる。家族の多くを失った人、全員が助かった人、身内の安否が確認できない人、跡形もなく流された家、その隣でわずさな段差から津波を免れた家、3階は助かったが2階・1階は直撃を受けたマンションなどなど。避難所にいる人たちがプライバシーがない中、なんとか折り合って生活している場に、善意ながらも遠征氣分のボランティア隊が乗り込んで来るのは、さぞかし心中が複雑なことだろう。
近隣を見れば、被災地周辺でも経済が回り出し、スーパーや巡回販売が始まっている。避難所にいれば衣食住は支給されるが、人はやはり自分で好きな物を買ってみたいものだ。震災から2ヶ月、「施しはもうたくさんだ。早く自活したい」というのが、本音だろうと思う。
ちょっとしたNGOが10日間も支援活動をすると、その経費から予算は数百万にも及ぶと思われる。遙々遠征してのボランティア活動は確かに有意義であるだろうが、そろそろ被災者自身の自立へシフトしてゆく時期に差し掛かっているのではないか。炊きだしや瓦礫の片付けなどの支援プロジェクト予算を被災者の「雇用」にまわすことで、同じ作業内容でも「有償」で被災者が携わり、その「報酬」で避難所の生活を切り盛り出来れば、彼らのプライドをいたずらに傷つけることにはならないと思うからだ。

(*a)水没した道路:もともと東北は融雪剤を道路に撒くことから車体が痛み易かったが、地盤沈下による海水を通行する車両はなおのこと錆が心配。せっかく被災を免れた車体も腐食が進み買い換えの必要が出て来る。可能であれば、こまめに足回りや車体底をコイン洗車場で真水洗いしたい。ボランティア活動等で現場を訪れる他府県の車両も同様に留意するべき。また、放射性物質(イメージ的には黄砂や花粉)が飛散するエリアを走行した後も念のため洗車をしておきたい。

(*b)電氣・固定電話・携帯電話・水道:基本的に現代生活のライフラインの要となっているのは、やはり電氣。携帯電話の中継棟も電氣が不通のため、機能不全に。また地下水を直接汲み上げている住宅も電動ポンプだったりすると、水道も使えずトイレにもひと手間かかる(その場合、雪を溶かして使用)。ちなみに私が住んでいたところは、沢水に汲み取り。こういう時は旧弊なライフスタイルほど強く、過疎とは言え、家を新しく建て替え、大型スーパーの進出により食材を買い足しで済ませるようになった現代風の暮らしほど難儀していたようだ。快適さや利便性だけでなく、備えを忘れない昔ながらの暮らしも重要であろう。

(*c)銀行がシステム障害:復旧が遅れたのは、一説によると「インド人IT 技術者が一斉に帰国してしまったため」だとか。その数は家族含め8000人にも及んだという。インド人は論理的思考を直感的に進め、自分が行う分には最速ベストの方法を取るが、仕事を「引き継がない」ため、後からトラブル修復に携わった人間が相当苦労したのではないか、と思われる。
(すぎたカズト)

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