カテゴリー別アーカイブ: コラム:ふんばれ日本!

ふんばれ日本!(7)

「J-one」姉妹誌「ナマステ・ボリウッド」コラム(2011.5.15)より転載。

マナズラソイ栄町店の野菜カレー・ランチ

14日より前回、前々回とスケジュールの関係で立ち寄れなかった福島市に。
地元の友人が持っていたガイガーカウンターで試しに計量してもらう。やや高めであったが、友人によれば、計る方向、風向き、堆積した放射物質の量により少し離れるだけで数値がずいぶん変わるとのこと。

さて、今回の福島入り、目的のひとつはナマステ・ボリウッドを配布してもらっているインド・レストラン「Mana’s Rasoi(マナズ・ラソイ=マナの台所)」さん訪問。
昨夜の晩がゴージャスな内装の新町店、本日のランチがこぶりな栄町店で爽やかなおもてなしと共にカレーを頂く。
新町店ではナマステ・ボリウッドのバックナンバルもファイルにされてあるのが嬉しい。

福島市内もやはり放射能測定値が高い傾向にあるが、道行く人たちは案外、平常通り。6スクリーンを有する映画館・福島フォーラムの前には朝の開演前から人々が並び、福島駅前に位置する栄町の街なか広場では「福島を元氣に盛り上げよう!」という野外イベント「LOVE!LIFE!LIVE!ふくしま」が賑わっていました。

状況が状況なので、子供や奥さんを早々に遠方避難させている人たちもかなりの人数にのぼり、「まあ、とりあえずここで生活を続ける」という人も少なくない。もともとの不況に街が沈みかけていた上での<原発被災>であるから、その負荷はかなり切実で深く重いと言える。

晴天の中に広がる明るい街並みにあって、やるせないのは、横断歩道。福島の人たちは礼儀正しいので、クルマが来なくても信号が変わるまで立ってちゃんと待っている。放射能の中で。
この原発問題が真の意味で早く収束し、赤信号から青へ変わって欲しいものだ。

追記 福島第一原発1号機は津波を受けた5時間半後にはメルトダウン(燃料溶解)していたことを東電が認めた。とすれば、有事の際に原発を「止める」「冷やす」「閉じ込める」の内、「止める」まではしていた、というのも誤りで、この3つをどれも果たしていなかったことになる。
さらに東電は2号機、3号機でもメルトダウンの可能性を認めているが、大手メディアでは依然3号機が使用済み核燃料のプルトニウムを混合したMOX燃料を使い、危険度がより高いプルサーマルであることに言及していないようだ。建屋の水素爆発が3号機だけひと際大きく炎が出ていたことからも別格であることがよく解る。

*追記 2011,05,16
メルトダウンという本来、絶対に起きてはいけない<超異常事態>が判明したにも関わらず、与党幹事長が「原発稼働」に言及するというなんともシュールな感覚には呆れかえる。
これは、青森県で建設中の大間原発を視察し、原発受け入れで多額の援助を受ける地元向けへ対策見直しを含めてのリップサービスとも思えるが、国際的にはほとんどモンティ・パイソンのような<異常な国>として映っていることだろう。

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ふんばれ日本!(6)

「J-one」姉妹誌「ナマステ・ボリウッド」コラム(2011.5.8)より転載。
4月中旬にナマステ・ボリウッド単独で支援物資を運んだのに続き、月末にかけてNGOの手伝いとして再び宮城・岩手・福島を9日間で2500kmほどまわって来た。東日本大震災の発生から1ヶ月半が経とうとする中で、少しづつ見えて来た復興への兆しをレポートします。
ナマステ・ボリウッド主宰 すぎたカズト

依然続く閉塞感
東北三県をまわった中で、相変わらず出口の見えない苛立ちに包まれているのが福島県だ。東北道・国見SAでは福島産の物販など応援をこめて飛ぶように売れていたが、福島第一原発問題は遅々として進まず。「避難所からタクシーで街へ出て酒を飲んではタクシーで戻る」と言われる状況から、そうでもしなければやってられない閉塞感が見て取れる。
原発を巡る東電と政府の隠蔽工作は、多額の広告宣伝費で抱きかかえ癒着関係にあった大手メディアでも徐々に報道されつつあるが、まだまだ氣が抜けない。郡山市は市内小学校校庭の表土を自主的に除去(*a)するなど、不安要素も多い。
原発事故の補償は原発のある沿岸部が優先となるとかで、内陸に位置する郡山市内での倒壊、半壊(*b)などどこまで補償されるのか判然とせず、これまでの不況によるマイナス分も手伝って郡山市民は補償格差の懸念が高まっているという。
5月6日、管首相は、ユーラシア・プレートとフィリピン・プレートの境に隣接し東海大地震が懸念される静岡県御前崎市にある浜岡原発(*c)全原子炉(一時的な)停止を唐突に要請したが、原子力政策による飴玉をしゃぶらされた地元の困惑が報道から浮かび上がっていた。

自活への支援
郡山の友人によると、海外からの支援者が近く来日するが集まった支援金の使い道に悩んでいるという。つまり、義援金や支援金としてそのまま募金してしまうのがいいのか、直接、支援先を探し出して手渡しするのがいいのか、ということだ。
かつてネパールを訪れていた頃、よく耳にしたのが「学校を建てる」箱型の援助だった。教育予算に苦しむネパール政府は僻地に学校を建ててもらっても教師の給料を維持できず、結局、廃校になってしまうケースが多い。これらの活動主は地元新聞などに取り上げられ「何十校作った」と誇らしく語っていたが、長く学校運営を支援し続けなければ意味がない。そうせずに数を作るのは「学校用地ブローカー」とのつながりもあるからだ。
一時、カトマンドゥー郊外にある孤児院を支援したく思い何度か訪ねたが、どうにも不信感が拭えず訪問を中止した事がある。まさか日本で震災にかこつけて黒いビジネスが横行するとは思えないが(震災以前はいろいろな不正受給が発覚していたが)、それなりの支援金を集めたからには有効に使ってもらいたいのは誰もが思うところであろう。
そんな相談を受けて、ふと思ったのが、被災した中小企業や個人商店への無利子貸し付け、つまりマイクロファイナンスだ。(5)にも書いたように被災者の「自立」が求められる時期に差し掛かっている。それまで働いて来た者にとっててっとり早く稼ぐ方法は、これまで携わってきた本職の再開であろう。津波や地震によって被災し業務再開の目処が立たない自営業者に無利子で貸し付けるのだ。海外で行われているマイクロファイナンスは貧困者の支援をする職員の給料を捻出するため低利となっているが、今回は「災害見舞金」の意味合いから無利子でもよいだろう。二重ローンという重荷になる可能性もあるが、「施し」でなく「融資」とするのは、生業へのプライドを尊重することがひとつ(もちろん、震災孤児へのスカラシップでもよい)。
そして、世界に眼を転じてみれば、各国で地震やハリケーン、ツナミ、洪水などの天災、政情不安やテロ、戦争などの人災があふれている。今回の融資で事業を立て直した暁には、その金額を世界のどこかで再度役立ててもらえばいい。そうすることで事業の立て直しにもより力が入るのではないだろうか。

新たな世界へ
3月下旬、ナマステ・ボリウッドとして個人的に支援物資を買い集めていた時のことだ。軍手198円の値段を見て考えさせられた。1組ではない。1ダースでこの値段なのだ。日本製の4分の1の値段であった。機械編みによる大量生産なのであろうが、単純計算して片方8円25銭。販売店の利益・国内での運送費・輸入コストなどを差し引いて原価1円程度だろう。当然、これを作る職工の手取りは軍手片方1つあたり数十銭がいいところ。東北の被災地を思って手に取った支援物資が他国の労働搾取の上に成り立っているかと思うと複雑であった。
大手スーパーなどで売られている激安ジーンズは、バングラデシュ製だという。この話をバングラデシュ人の友人へ素直に話す氣になれない。なぜなら、発注元が中国での人件費が上がったから、より安価に製造できるバングラデシュに移しただけなのだ。中国は今やインドと共に世界が注目する消費市場へと生まれ変わったが、バングラデシュも経済が伸びた矢先、より人件費の安いアフリカなどへ大量発注が移され景氣が落ち込むのでないか。ネパールでのパシュミナ・バブル崩壊を知っているだけに先が思いやられるのだ。
実は、この構造が原発問題にも絡んでいるように思える。なるたけ安く物を買いたいために人件費の安い労働力を使う、原発はなにかあると困るから(送電ロスも無視して)過疎の地方に作る、という風に。
震災直後に放映された推進派文化人を集めた深夜の討論(暴言)番組で「原発を東京の横に」という声に誰もが一瞬絶句、失笑し一蹴した。つまり「原発は許容だが、自分のそばには御免」という訳だ。果たして「原発はやっぱり必要。国民みんなで使うのだから、事故が起きた時は裁判員制度のように事故処理作業員を国民全員から抽選で選ぼう!」と言える推進派/許容派がいるだろうか。
これだけの被害を目の当たりにしながらも原発を抱える地元でNOと言えない背景には、過疎地での「雇用」という苦い恩恵があるからだ。だから、原発から遠く離れ、電力だけを享受している立場で単純に「すぐに原発はやめろ」と言うのは、過疎の地に新たな重荷を押しつけることになる。原発から脱却するのであれば、同時に雇用を保障し続けるべきだろう。それは火力発電所建設でもいいし、あるいはアマゾンのような物流センターでもよいはずだ。
原発利権をアテ込んでいた電機メーカーやゼネコンも世界の趨勢を見極めて、いち早く脱原発へ動くべきだ。現在、国際的観点から日本は環境テロ国家扱いとなっているのだからニュー・クリア・ジャパン・バッシングを予想し、自社他業種における海外シェアを考えれば無理に原発利権にしがみつくのはマイナスであるはずだ。
それに「利権」というとダーティーなイメージがつきまとうが、これからソーラー、風力、地熱などの自然エネルギーにシフトしてゆくにあたって、日本全国の電力をまかなうためには巨大なプラント建設が必要となってくる。どの道、電機メーカーやゼネコンはそこで新たな「ソーラー利権」、「風力利権」、「地熱利権」にありつけるのだから、原発御用(誤用)学者以外、固執する必要はないだろう。

(*a)自主的に:独自に放射能測定値を公表していた郡山市内の小学校がHPでの掲載を「自粛」。現在は週1回の測定値をPDFで更新。

(*b)郡山市内での全壊、半壊:郡山周辺は10万年ほど前の古代に湖であり、比較的地盤が弱いとのこと。

(*c)浜岡原発:中部電力管轄。福島第一と同じGEマークⅠの1〜2号機は老朽化のため2009年1月に終了廃炉へ、昨年8月11日に起きた駿河湾地震(M6.5)で5号機タービン建屋がヒビ及び地盤沈下、制御棒30本の駆動装置が故障したため停止。御前崎市で震度6弱。震源地は浜岡原発から20kmほどの駿河湾で、同じく9日に八丈島付近を震源としてM6.9、13日に八丈島沖でM6.6、15日に静岡県東部でM6.4が連続して発生。東海大地震への懸念から推進派議員の間でも「浜岡を止めろ」という声があがっていたという。

*追記 2011,05,09
「技術提供」と引き替えにモンゴルに核廃棄物処理場を日米で計画していた、とのニュースが。モンゴルはウランを豊富に埋蔵しているとのことだが、「臭い物は過疎地に」式の発想そのもの。

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ふんばれ日本!(5)

「J-one」姉妹誌「ナマステ・ボリウッド」コラム(2011.5.7)より転載。

4月中旬にナマステ・ボリウッド単独で支援物資を運んだのに続き、月末にかけてNGOの手伝いとして再び宮城・岩手・福島を9日間で2500kmほどまわって来た。東日本大震災の発生から1ヶ月半が経とうとする中で、少しづつ見えて来た復興への兆しをレポートします。
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復興への道のり
2週間、間を置いて再び東北へ向かうこととなった。まず驚かされたのは、東北道の復旧具合であった。前回、4月7日深夜の強い余震(M7.4)を受けて破損した路面を道路公団がわずか二晩で仮復旧した時は、ところどころ道路に段差があり車体がバウンドしたものだったが、それをまったく感じさせないほどフラットに修復されていたのだ。
ただ、今回はじめに訪れた宮城県石巻市の沿岸部は地盤沈下がひどい。大潮の影響を受けて水没した道路(*a)は、ネパールのタライ平原をランドローヴァーで走ったジャングル・ツアーを思い出させた。

路肩が崩れたままの道路。反対車線に応急処置として畳が敷かれている。

牡鹿半島を周回する県道は路肩が崩れアスファルトが割れたままで、補修の材料が手に入らなかったのか、畳を敷いて応急処置をしていた。救援活動で行き来する自衛隊車両やダンプなどが通行することもあり日に日に路面状況が悪化しており、降雨による地盤の緩みも心配される。ここでまた落盤など起きると集落が孤立してしまうため、早めの補修が望まれる。さらには続く余震、風向きによっては福島第一原発からの放射性物質など警戒すべき要素は多く、ボランティア活動をするには難易度が高いエリアとも言える。
ただ、石巻市内も大型量販店には商品が並び始め買い物客で賑わっていた。総菜コーナーや寿司弁当なども充実しているが、それだけに被災地とのギャップが大きく感じられる。
岩手県の県庁所在地・盛岡ともなると、沿岸部を擁する仙台と異なり内陸に位置することもあって早くも復興の兆しが感じられ(もともと長い不況にあったが)、飲食店なども活氣に満ちていた。沿岸の被災地への足がかりとして救援の職人やメディアなどの宿泊客が目立つ。
被災地付近での宿泊が懸念されたこともあり内陸の主要都市から連日数百キロ走って支援活動に従事することになるが、岩手県の内陸部は地震による直接的な倒壊が少なく、被災地の直前まで田園風景が続くため心が和み、慣れない作業で氣疲れしたボランティア支援者を安堵させてくれることだろう。

年末の大雪で潰れた納屋。M9.0と言われる揺れに耐えて残っているのは、木造家屋を破壊するキラーパルスが発生しなかったためだろう。

この内陸部で目に付くのが、折れた軒先や崩れかかった納屋などだ。これは今回の地震によるものでなく、昨年末から年明けにかけて襲った大雪によるもの。ひと晩に1メートル以上積雪し、道路の除雪も追いつかず、電氣・固定電話・携帯電話・水道(*b)などのライフラインが断たれ、数日間孤立した集落も多かったと聞く。私自身、東北在住時にひと晩で70〜80cmの降雪を何度か体験したことがあるが、見る見るうちに雪が積もって行く様はなんとも不氣味であった。それが1メートル以上ともなると、屋根の雪下ろしをし終わって振り返るとさっき雪下ろししたところにもう雪が積もっていてうんざりするほどだったそうだ。
こうした冬がようやく終わりかけた3月に起こったのが、今回の東日本大震災であったのである。

支援金バブルの行方
今回の震災は、日中に起こったこと、ビデオカメラだけでなく携帯電話のムービー機能が普及していたこと、動画投稿サイトの浸透などもあって、津波の衝撃が細部まで、ほぼリアルタイムで全世界に発信されたこともあって義援金が約2000億円集まり、震災直後は義援金募金の入金が殺到したみずほ銀行がシステム障害(*c)を起こすほどであった。

大槌町に位置する吉里吉里駅入口の標識。こちら側を見る限り津波の被害は見えないが…。

これらの義援金/支援金フィーバーは、震災を支援するNGOやNPOにとって「バブル」ともなっている。多大な被害から支援活動に力が入るのも頷けるが、使える予算が青天井と小躍りしている嫌いもある。炊きだしなどパフォーマンス性の高い支援では500食、1000食を用意した団体が避難所でかち合い、被災者が困惑する様を目撃したほどだ。これは被災情報が日々刻々と変わっているため実情に追いつかず、避難所が縮小化しているにも関わらず大盤振る舞いで支援を組んでしまっているためだ。

上の写真を撮って振り返った海側の風景。津波の被害は決定的な差をもたらす。

すでに行政サイドから各避難所には、お握りや弁当などが届けられるルーティンとなっている。それを知らずに支援計画を展開しているものだから、アテにしていた避難所がダブル・ブッキングとなり、慌てて「炊き出しを受け入れてくれる」避難所探しとなる。これではまるで「新聞勧誘か何かの飛び込み営業」のようであり、避難所に派遣された役場の職員や被災者が「施され疲れ」してしまっている面も見られた。
また、テレビ出演するタレントやコメンテーターが「○○の被災地に行って来ました」としゃべっている場面をしばしば見るが、これも自己完結で行っている例は少ないはず。現場サイドからは「少ないスタッフで運営する中で、特別にホテルを取ったり、別行動のクルマを用意するなどアテンドせねばならず、はっきり言って迷惑」などという声も聞く。
ボランティア意識が高まっているのはとてもよいことだと思うが、どこかバランスを欠いているように見えるのは、彼らを運ぶチャーターバスが豪華な観光サロンバスだったりするせいもある。貧困に喘ぐ第三世界とは異なり、首都圏と地方の格差等あれ、生活水準の高い日本での災害だからであろう。

屋根に乗った漁船。津波に何度襲われようとも海に出たいと思う複雑な思いを見るようだ。

被災者は津波によって家屋が流されたばかりに避難所暮らしに甘んじてはいるが、それまではしっかり稼いでいてレクサス・オーナーだったりもするのだ。三陸地方は、明治二十九(1896)年、昭和八(1933)年、昭和35(1960)年のチリ地震とこの100年余りで4度も津波に呑まれている。それでも彼らが海岸沿いに住み続けたのは、やはり漁にかけ自活するプライドがあったからだろう。
だから、単純に「困っている人に施しを」という考えでは至らないように思う。被災者はそれぞれ立場が異なる。家族の多くを失った人、全員が助かった人、身内の安否が確認できない人、跡形もなく流された家、その隣でわずさな段差から津波を免れた家、3階は助かったが2階・1階は直撃を受けたマンションなどなど。避難所にいる人たちがプライバシーがない中、なんとか折り合って生活している場に、善意ながらも遠征氣分のボランティア隊が乗り込んで来るのは、さぞかし心中が複雑なことだろう。
近隣を見れば、被災地周辺でも経済が回り出し、スーパーや巡回販売が始まっている。避難所にいれば衣食住は支給されるが、人はやはり自分で好きな物を買ってみたいものだ。震災から2ヶ月、「施しはもうたくさんだ。早く自活したい」というのが、本音だろうと思う。
ちょっとしたNGOが10日間も支援活動をすると、その経費から予算は数百万にも及ぶと思われる。遙々遠征してのボランティア活動は確かに有意義であるだろうが、そろそろ被災者自身の自立へシフトしてゆく時期に差し掛かっているのではないか。炊きだしや瓦礫の片付けなどの支援プロジェクト予算を被災者の「雇用」にまわすことで、同じ作業内容でも「有償」で被災者が携わり、その「報酬」で避難所の生活を切り盛り出来れば、彼らのプライドをいたずらに傷つけることにはならないと思うからだ。

(*a)水没した道路:もともと東北は融雪剤を道路に撒くことから車体が痛み易かったが、地盤沈下による海水を通行する車両はなおのこと錆が心配。せっかく被災を免れた車体も腐食が進み買い換えの必要が出て来る。可能であれば、こまめに足回りや車体底をコイン洗車場で真水洗いしたい。ボランティア活動等で現場を訪れる他府県の車両も同様に留意するべき。また、放射性物質(イメージ的には黄砂や花粉)が飛散するエリアを走行した後も念のため洗車をしておきたい。

(*b)電氣・固定電話・携帯電話・水道:基本的に現代生活のライフラインの要となっているのは、やはり電氣。携帯電話の中継棟も電氣が不通のため、機能不全に。また地下水を直接汲み上げている住宅も電動ポンプだったりすると、水道も使えずトイレにもひと手間かかる(その場合、雪を溶かして使用)。ちなみに私が住んでいたところは、沢水に汲み取り。こういう時は旧弊なライフスタイルほど強く、過疎とは言え、家を新しく建て替え、大型スーパーの進出により食材を買い足しで済ませるようになった現代風の暮らしほど難儀していたようだ。快適さや利便性だけでなく、備えを忘れない昔ながらの暮らしも重要であろう。

(*c)銀行がシステム障害:復旧が遅れたのは、一説によると「インド人IT 技術者が一斉に帰国してしまったため」だとか。その数は家族含め8000人にも及んだという。インド人は論理的思考を直感的に進め、自分が行う分には最速ベストの方法を取るが、仕事を「引き継がない」ため、後からトラブル修復に携わった人間が相当苦労したのではないか、と思われる。
(すぎたカズト)

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ふんばれ日本!(4)

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岩手県山田町の風景

震災から2ヶ月近くが経とうとしていることもあり、岩手県は復興の兆しが見えつつあった。特に県庁所在地の盛岡は仙台と異なり内陸に位置していたこともあり、大きな被害は少なく、支援者やメディア関係の宿泊も多く、飲食店など活氣が感じられる。
その温度は被災地周辺にも伝わり、経済がまわり始め、スーパーやホームセンターなども賑わっていた。それだけに被災者は、もどかしさを噛みしめている。
(すぎたカズト)

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地盤沈下が激しく、水没した石巻の道路を進み、牡鹿半島へ向かうと、ところどころ路肩が崩れ落ちている。
4月7日の強い余震での突貫補修によって車体がバウンドしてしまった東北道が早くも2週間後にはフラットに戻されていたのとは違い、余震や雨の影響でますます道路状況は悪化するばかりだという。
陥落部分など、アスファルトの代わりなのか、畳を敷いた応急処置が痛々しい。

そして津波の勢いによって、漁具が電柱に絡みつき、シュールな現代美術を見るようだ。日常を超えてしまった世界がここにあり、戸惑うばかりである。
(すぎたカズト)

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ふんばれ日本!(2)

「J-one」姉妹誌「ナマステ・ボリウッド」コラム(2011.4.26)より転載。



先週末(2011年4月中旬)から某NGOの手伝いで宮城県と岩手県に入っています。画像は牡鹿半島にある女川町にある女川病院から撮ったもの。ビルがそのまま倒れているばかりか、高台にあるこの病院の駐車場にも津波が達していました。

牡鹿半島は最も地盤沈下が激しかったとのことですが、こころなしかカーナビのGPS測定値とカーナビ搭載データがズレているようで、誤動作がしばしばみられたほど。凄まじい地殻変動の衝撃です。
(すぎたカズト)

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Kamaishi
「J-one」姉妹誌「ナマステ・ボリウッド」コラム(2011.4.23)より転載。

「ナマステ・ボリウッド」では、本年3月11日に発生した東日本大震災の復興支援として当面縮小発行とし、これまでのランニング・コストから浮いた部分を支援物資に充て、岩手県釜石市の物産センター「シープラザ釜石」に設置された災害本部へ届けて参りました。
ナマステ・ボリウッド主宰 すぎたカズト

「のぞみ」に掛けて
食料品・菓子・青汁・野菜ジュース・ビタミン剤・歯ブラシ・歯磨き・衛生用品(使い捨てタオル・ハンドジェル・ウェットティッシュ)・カイロ・マスク・ゴミ袋・フリーザーバッグ・軍手・ビニール手袋・スチロール容器・爪切り・綿棒等を買い占めにならないように少しづつ買い集め、旧編集部のあった藤野町(現相模原市緑区)の有志から提供してもらった衛生用品・文具・子供服等を加え、10数箱を編集部の「dard-e-disco」号に積み込み、4月8日(金)の深夜0時、中央道・相模湖I.Cより一路、岩手へと向かった。
前日7日23時32分、本誌28号の入稿を目指して編集後記に震災へのメッセージを書いていたその時、阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)のM7.3を上回るM7.4の余震が発生、東北道下り線は仙台の先から通行止めとなっており、復旧開通が為されるかどうか、という状況であった。週末からまた冷え込むというので、その前に物資を届けたい。
空が白んだ頃、福島県境に差し掛かり、いよいよ震災エリアが間近に。iPodからプリティー・ズィンター主演、父アヌパム・ケールが娘を深く愛するKya Kehna!(なんと言っても!)」(2000)の主題歌が流れ、カヴィター・クリシュナムールティーの歌声と歌詞に胸を打たれる。

心に春が訪れ愛が芽生える、なんと言おうか
顔が揃うと幸せが湧く、なんと言おうか
庭に花咲く我が家は、なんと言っても素晴らしい

Kamaishi

釜石市内に表示された「津波浸水想定区域」の標識。この先に釜石駅も商店街もあった。


有り難いことに東北道は復旧していた。週末のETCと救援車両で混雑していたものの、岩手県へ入ると車両、道路標識やサービスエリアがぐっと減り、今も尚「奥の細道」であることを感じさせる。パーキングへ寄ると、7日の余震による影響でトイレは断水している。トイレットペーパーが便器に詰まった状態であるが、20年ほど前のカトマンドゥー・トリブヴァン国際空港に比べれば、じゅうぶん綺麗な方だ。間もなく道路公団のトラックがやって来、<手酌の水洗>用ドラム缶を設置し始めた。こういう事態では、やはり南アジア式が威力を発揮する。
路面の状況にも震災の破壊力が見てとれた。道路は走りやすい易いようフラットに作られるものだが、地番沈下からところどころ下がっており、車体がバウンドしてしまう。
水沢I.Cを下りたのが午前11時半。約550kmを仮眠や休憩を含め12時間弱。時速45kmの計算になる。壊滅状態を映し出したテレビ報道とは異なり、一般道に下りて広がる田園風景は平時と変わらない。M9.0(*a)という巨大地震ながら木造家屋を倒壊させるキラーパルスがなかったこともあり、道路沿いに建つ古民家やバラックと言ってもよさそうな納屋なども傾くことなく建っている。

Kamaishi

釜石市から大槌町、山田町へと向かう国道45号の風景。右にある「OK」は解体希望の表示。


岩手の土を踏むのは、ワールドトレードセンターが炎上する衝撃の映像を見た9.11(*b)の翌年以来。今回、これほどまでに心が駆られたのは、ナマステ・ボリウッドのサイトを立ち上げた当初、福島県と岩手県に在住していたこともあるが、大阪アジアン映画祭でのKites」カイト(2010)上映に合わせて3月10日から西日本へ取材仕事を組み安全地帯へ「逃避」してせいだ。数日前から前震が続き、どこか予感めいたものがあったが、東北から遠く離れた北九州でそのニュースを知ろうとは。ちょうどその日の午前中、アジアフォーカス・福岡国際映画祭事務局を訪ね、3 Idiots」3バカに乾杯!(2009)にからめて、インドでは停電が多く、家々ではプロパンガスだけでなく灯油コンロを使った不便な生活をしているが、その分、生活の智恵が湧く。日本は携帯電話が圏外になるだけで…などと話していたのだった。

さすがにその晩はホテルで一睡も出来ず、テレビとネットにかぶりついていた。震源地が内陸へ飛び、未明には長野/新潟の県境でM6.7、誤報となったが早朝には神奈川が震源地として緊急警報が発令された。東京都町田市郊外でも量販店のスロープが崩れるなどその破壊劇は凄まじく、まるで東日本が次々と攻撃を受け沈没してしまいそうな勢いには、少年期の70年代に風靡した「日本沈没」や「ノストラダムスの大予言」がフラッシュバックする。
12日予定していた大阪でのオフ会はキャンセル。懸念していた東海道新幹線「のぞみ」の席がとれ、余震が続く関東へと戻った。まさに「のぞみ」に掛ける想いであったが、まさか原発までが爆発しようとは…。

もう被災地はご覧になりましたか
ナマステ・ボリウッドの縮小発行は、11日の晩時点で決めていた。これまで全国のインド・レストランや関係者への発送料などはまるきり赤字で補填しながら続けてきたが、この国難と言える状況では、さすがに赤字を垂れ流してはいられない。公告収入で収まる発行規模に圧縮し、浮いたコストで東北支援に役立てようと思い至った。義援金の募金だけでは十分には思えず、自ら物資を届けることにする。だが、何を? どうやって?
ぜひとも届けたく思ったのは布団の下に敷く断熱材だ。避難所となった体育館や公民館の床は冷える。旧編集部で使っていた住宅用のポリスチレン製断熱材スタイロフォームが10畳分手元にあり、これを活かさない手はない。いち早く届けられなかったのが残念でならないが、30mm厚の寒冷地仕様であるから4月の半ばまで朝晩冷え込む岩手では重宝するだろう。

Kamaishi

青空の下、山田線両石駅の鉄橋に押し流された家が挟まっている。


ネットで避難所リストを調べてみると、10名ほどの被災者が寄り添っている小振りな避難所が数多くあり、これなら小規模な援助でもフィットしそうであった。東北道が復旧し、一般車も通行可能となった頃、壊滅した海岸部へのボランティア支援基地となっている内陸の事務局に電話を入れてみると、発生から3週間近く経つというのにまだ毛布や布団が足りないという。今期はスタッドレス・タイヤを履かないで済ませていたこと、本誌や原稿仕事の〆切りから結局、物資を届けるのが4月上旬に食い込んでしまった。忸怩たる思いで原稿の合間に断熱材のサイズを合わせるべく3尺四方のベニヤ板に張り付け、養生シートで覆う。それらを作り終えたのが出発の数時間前。なるべく多くの物資を詰めるよう、単独で出かける。
途中、問い合わせした事務局に立ち寄る。市内にある小学校の校庭には自衛隊が駐屯し、医療センターには激突してフロントが潰れた救急車が駐められており、平時でない緊張感が伝わる。だが、事務局の対応は予想通りであった。この一週間で全国から物資が山のように届き、すでに「余っている」状態だという。この事務局がアマゾンの配送センターのように機能し、各避難所から要望が上がった段階ではじめて配達されるのだそうだ。この週末、冷え込む前に断熱材を手渡したく思ったが、ここに預けてはそれは叶わない。調べてあった釜石の避難所へと向かう。報じられているように、避難所へ個人からの直接持ち込みは受け付けてはくれないのは解っていたが。

Kamaishi

破壊された釜石商店街。復興するには一旦すべてを解体し、新たに建造する他ない、


ガソリンスタンドに並ぶクルマの長い列を除き、一見、地震の影響など感じられない釜井市街を進んでゆくと、驚いたことに「これより先、津波浸水想定地域」との標識が目に入る。なんと釜石駅はその先、釜石港から1km程度しかない。間もなく津波の押し寄せた跡が見られ始め、次第に凶悪なまでに酷くなり、巨大な処分場のような風景が続く。アスファルトの道路には釘ひとつ落ちていない日常のまわりに家々が双六のサイコロように転がり、ハリウッド製ディザスター・ムーヴィーのオープン・セットか終末世界のテーマパークに迷い込んだようで実感が湧かない。

Kamaishi

壊滅状態の両石駅前。ここで出会った人の指さす先には何もない。


海沿いに幾つか避難所があったはずだが、電話を入れても応答がない。港に面した国道45号をの陸橋を上りトンネルを抜け、両石地区へと向かう。高台に公民館らしき建物が目に入り、瓦礫の中へと折れる。途中、歩いていた男性に尋ねてみると、数日前に小規模な避難所は閉鎖され、皆、大人数を収容する避難所へ集められたとのことであった。「私も被災して避難所にいました。家はほら、あそこにあったんです」と、その人が指さす先には何もない。一段上の家は綺麗に残っているというのに。避難所生活が堪えたのか、今は仮住まいをみつけたという。ただ、避難所を出る時、使っていた毛布一枚もらえず、「あれほど悔しいことはなかった」と奥さんは言った。運んできた野菜や品々はなかなか受け取ってもらえなかったが、ビタミン剤やカイロがあると伝えるとさすがに安堵の表情が浮かんだ。
そして、釜石駅の隣にある物産センター「シープラザ釜石」が釜石市の災害対策本部となり被災者向けに救援物資が配布されていると聞き、そこへ持ち込むことにする。受付をして段ボール箱を下ろすと(お菓子などはその場ですぐに配布してくれた)、ボランティアの青年がひと言。
「もう被災地はご覧になりましたか」
ああ、ここの人たちはこの惨状を見て知ってもらいたいのだ。

未曾有の人災、生殺しの福島へ
翌10日は岩手県をひと回りし福島県へと向かう。東北道上り線は盛岡から不通となっていたが、これまた迅速な作業により復旧していた。ところどころ裂けたアスファルトの補修箇所が痛々しい。
郡山に着いたのが夜8時。自発的に支援活動をしている友人宅を訪ねると(本震当日は、家族でディズニーランドへ出かけていたが、園内のホテル宿泊者のみ「区別」され屋内避難が許されたそうだ)、本震でアパートが半壊した知人が一時避難で住み込みしていた。
牧歌的な復興の姿がおぼろげながら思い浮かべられる岩手と違い、地震・津波・放射能汚染・風評と四重苦を抱えた福島は出口の見えない生殺し状態にあった。世界中から「秩序を乱さない」と讃えられた日本人だが、さすがに放射能パニックが加わったせいか、郡山ではガソリン不足の折りにはスタンドに連なった長蛇の列で明け方に乱闘騒ぎがあったり、また車内待機していた人が救急車で運ばれたのも何度となくあったようだ。さらにトイレットペーパーや水、食料品などの買い占めが横行し、買い物をしてバイクで走っているとクルマに強引に止められ、商品の買い上げを強要されるなど略奪寸前まで緊張が高まっていたそうだ。報道では須賀川に住む自然農を営んでいた男性が自殺とあったが、それ以外にも離農を決めた農家が多く、また反原発派であった前知事が汚職で追放された事件も当初から語られていた裏工作説が再燃していた…。

10日の午後からまたも余震は活発化となった。11日は70回、5弱以上の揺れが4回、しかも17時台には浜通り(海寄りの福島県東部)震源の6弱(M7.1)と5弱(M6)が連続して、9分置いて5弱(M5.6)が発生。雨天ということもあって、いわき市内では土砂崩れが発生。天候は荒れ模様で、浜通りでは風雨・雷注意報、会津地方(福島県西部)では雪崩警報が飛び交い無茶苦茶な状況だ。余震でさえこの有り様だから、停電が続いた本震直後の数日はかなりのストレスとなったことであろう。私自身、クルマで走り続けた振動も手伝って、常に揺れているように思えたものだ。
郡山では多くの建物が躯体に影響を受け立ち入り禁止の状態にあり、ここ数日の余震で友人の住むマンションもヒビが増え、余震の度に外壁を見てまわっていた。さらに宿泊した晩もひと晩中余震が続いた事から、なんとトイレのシリンダー錠がロックされてしまったほど。天災から人災へと変えた東電と政府首脳部の愚策への苛立ちに加え、このような日常の些細な追い打ちが出口の見えない心理にダメージを与えるなど、さながらパンチドランカーのようだ。

そして私自身、ここで思わぬ「一時避難」を体験することとなる。と言うのも、2日間で1600km以上を走り、山道でブレーキを酷使したせいか、福島県内をまわっての帰路300kmはもたないだろうという判断から馴染みのショップに依頼し神奈川から牽引車を派遣してもらうこととなった。「郡山」と伝えても即座に対応してくれたことに友人たちも喜んだ。ただ、翌日まで「屋内待避」である。地元でガイガー・カウンターを持っている人の話ではテレビなどで発表される数値は「桁がひとつ足りない」とのことで、しかもその日に国際原子力事象評価尺度がレベル7に修正されたのだ。これまで「大した影響はありません」と繰り返していた大本営発表とは裏腹に、事故直後には37京ないし63京ベクレル以上と言われるトンデモない数値の放射性物質が飛散しているのだ。それでもこの日、郡山市は小中学校の始業式が行われた…。

ふんばれ日本! 奇跡の復興へ
岩手に入ったその晩、遠野にある道の駅で車中泊をした。4月上旬にしてマイナス2℃ほどまで冷え、午前3時ともなると目が覚める。避難所で使って欲しいと願って運んできた断熱材は結局受け付けてもらえず、車中に残ったまま。そのために寝るスペースが作れず、運転席とセンターコンソールの上に無理矢理横になる。

Kamaishi

両石駅前に残された鉄骨。ねじ曲がった姿が津波の破壊力を物語っている。


災害ボランティア活動の窓口となっている社会福祉協議会(社協)は、テレビなどでは「民間」と報じられているが、一年を通して老人介護や障害者支援を地道に行う行政側に位置する組織だ。数多い避難所を統括するにあたって様々なルールを取り決めるのは「社会」として必然であろう。今回、持参した断熱材が受け付けてもらえなかったのは、すでに春先に向かっていること、わずか10名ほどしかカバー出来ない分量であること、避難所生活が終了した時に廃棄物となること、など、検品時の職員も苦渋の判断をしたことがその表情から読み取れた。こちらとしては、老人や病氣の人に優先して使ってもらえればと思い、使用後は仮設住宅の断熱材として利用できる、との読みがあったが、大人数の被災者を面で支えるような行政側の支援の中では扱いにくい「規格外」と映ったのだった。小振りでも役立てることを何かしたいと思う人が全国に数多くいることだろう。これら「規格外」の支援を実をあるものにするには、やはりもう一歩踏み込み、伝える努力をする他あるまい。

一方、日本経済と世界の未来へ多大な損害をもたらした人災の極みである原発事故から、「インドのヒロシマ」と呼ばれる、1984年にマディヤ・プラデーシュ州で起きたボーパール化学工場事故(*c) を思い出さずにはいられない。K・K・メノン主演Bhopal Express(1999)として映画化されたこの大事故は、死者3万人、負傷者15~30万人を数える。この米ユニオン・カーバイドの殺虫剤工場は科学者の警告を無視し膨大な量のMIC(イソシアン酸メチル)を貯蔵。事故当時、工場は殺虫剤の売り上げ低下から操業停止に陥り、コスト削減のために老朽化したステンレスのパイプを安価な鉄製の物で済ますなど杜撰な管理が毒ガス漏れの事故を招いた。貯蔵に際して摂氏零度に保つ必要があったタンクの構造など原発に通じる物を感じる。この事故も人災と呼ばれるが、元を正せば、同じ耕地面積で収穫が1.6倍に増やせる品種改良の麦ソノーラ63へと行き着く。改良品種故に生命力が貧弱な種で、耕作を続けるには大量の化学肥料と殺虫剤を必要とした。1.6倍という人間にとって都合の良い収益ばかりに目を引かれがちだが、負のコスト増大を考えると相殺される以上の代価を支払うこととなるのだ。

これまで原発は「安全」で「低コスト」、「環境にやさしい」と謳われてきたが、今回、国際的には日本は史上最悪4700テラベクレルの放射性汚染水放出により「環境テロ国家」とされ、海外特派員やフリーのジャーナリストを排除した情報統制は北朝鮮並みと映っており、「風評」被害の輸入規制による国内企業へのダメージは計り知れない。すでに放射能汚染を警戒してイベント来日をキャンセルする海外アーティストが多い中、政治意識の強いハリウッド俳優など日本で開催される国際映画祭へ「抗議」を理由に参加見合わせが予想される。その反発は捕鯨以上となろう。これだけお粗末な事故処理で恥の上塗りを全世界に垂れ流し報道されては、先進技術国家として海外への売り込みは逆風どこか「日本」ブランドは地に落ちたと言えよう。いかに原発が国益を損なったか、解ろうというものだ。昨年から歌舞伎、相撲と既得権の上にあぐらをかいた旧弊な世界が改革を迫られているが、原発政策を推し進めてきた政治・官僚・大手メディア・財界も意識を解体し膿を出し切る必要がある。
すでに国内すべての原発がなくとも電力供給は賄えるとの声に加え、環境省も風力発電で原発40基分の発電が可能と試算を出している。500km以上の海岸線を襲った未曾有の天災、東日本大震災の衝撃は世界中の人々にも伝わり、またこの列島に住む日本人をも大きく問い直すこととなった。「頑張れ日本」「頑張ろう日本」などというキャッチ・コピーをよく見かけるが、遠野で見かけた手書きのスローガン「ふんばれ日本!」が一番しっくりしているように思う。どのような未来を築いてゆくか、ひとりひとりが真剣に考えなければならない。まさにこれからが正念場だ。
と、同時に哀しく思うのは、これほどの自然の驚異によって脆くも人力で積み重ねて来た物が破壊尽くされている時に、地球を見渡せば、まだ人間同士で愚かしくも戦い合い殺し合っている国があり、方や友好と支援を表明しながらその一方で空爆を行い続け、方や医療を派遣しながらその一方で自国内では平然と難民を弾圧し続けている国もあることだ。
駆け出しライターであった25年ほど前、大地のメッセンジャーとして来日したアメリカ先住民デニス・バンクスにインタビューした時の言葉が今も忘れられない。
「何か物事を決める時、七代後のことを考えて決めて欲しい」

Kamaishi

それでも海は美しい。

 

(*a)M9.0:「DAYS JAPAN2011年5月号「暴走する原発」(文・広瀬隆)によると当初発表された気象庁マグニチュードM8.4から今回だけ別基準のモーメントマグニチュードM9.0に引き上げられた経緯は「原子力損害賠償法」による「異常に巨大な天災地変」による賠償責任を東京電力が免除されるようにとの変更。また、3月11日の東北地方太平洋沖地震は加速度が最大2933ガルであったのに対して、2008年6月14日の岩手・宮城内陸地震が4022ガルと史上最大とのこと。

(*b)9.11:2001年に起きた米国同時多発テロ事件が9.11、今回の東日本大震災が3.11、2006年にムンバイーで7つ列車が同時に狙われたムンバイ列車爆破事件が7.11、ムンバイ同時多発テロ事件が2008年11月に発生。

(*c)ボーパール化学工場事故: 詳しくはボーパール 午前零時五分(ドミニク・ラピエール、ハビエル・モロ共著/長谷 泰訳/河出書房新社・上下2巻)を参照のこと。

付記)日本からの食品に輸入規制をかけていたインドで4月18日、マハーラーシュトラ州ジャイタプールの原発建設予定地での反原発デモが暴徒化し、警官が発砲。1名が死亡。これはアミターブ・バッチャンシャー・ルク・カーンなども標的とするヒンドゥー極右政党シヴ・セーナーによる煽動。

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